自営業ヒデ&アキ+甘えん坊愛猫3匹の北海道生活満喫ブログ
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誕生日
2012年12月11日 (火) | 編集 |
この前の日曜日は、私の誕生日でした。

41年。

数字にしてみると、随分長生きしてきたんだな~と思います。
こんなに長く生きる動物は、人間くらいじゃないでしょうか。
これでももしかしたらまだ人生の半分かもしれないっていうね、
41年ってすごく長いけど、まだ半分くらいかもと思うと、ちょっとビビります。

気持ちに反し、やっぱり肉体は41年稼動してきた様子を見せるようになりました。
自分が思っている以上にアラフォーなりの顔になってきていると思うし、
1番感じるのは、疲れやすくなったことと疲労回復に時間がかかるようになったこと。
もちろん、1週間のうち6日間10時間以上の立ち仕事をしていて、
残りの1日も朝から体と頭を使った仕事をしていて、
ビンボーヒマナシで休みが取れなくて、疲れを取る時間が確保できないのもありますが、
それにしても、疲れの質というかなんというか、なんか違うんですよこれまでと。
抵抗できない疲れ、っていうのかな。
でも、それも仕方ないと思っています。

ただし、仕方ないからとそれに完全に屈するようなワタクシではありませんよ。

今年6月から、マスターストレッチというトレーニングを月1ペースで始め、
7・8月は短期間のピラティスとストレッチポールのエクササイズを受けました。
その効果あって、ずっとずっとずっと人生の半分以上の時間ずっと悩んでいたO脚が
改善されたんです。お膝がくっつくようになったんです。
この膝がくっつくという感動、O脚の人には分かってもらえると思うんだけど、
そうじゃない人にはきっとサッパリ分からないことだと思うけど、いいんです。

自分の体型にコンプレックスを持ち始めたのは中学1年の時。
あまりにも自分の体つきが嫌で、トイレで腰をバンバン殴りながら泣いたのを
今でも覚えています。あれから27・・・8年?
大きいと思っていた骨盤も、ちゃんと締めればちゃんと締まったし、
私には夢の話だと思っていたくっつく膝も真っ直ぐに伸びた足も、
諦めずに努力し続けたら、本当にくっついて真っ直ぐになってきました。
あの、トイレで声を押し殺して号泣していた私を、今は抱きしめてあげたいくらい。

あと、バレエのレッスンでも、少しずつ進歩しているのを感じられています。
今の先生について7年になりましたが、この1年くらいは
体も頭も、7年の中で1番ぐんと伸びたんじゃないかなと自画自賛。
もちろん人様に見せられるようなレベルでは全然ありませんが、
誰かに見てもらう為にやっているわけではないし、いいんです。

そしてそれらのことは全部、タップにも繋がっていて。

40過ぎたけど、まだまだ自分がレベルアップしているのを感じられています。
20代の時よりも、30代の時よりも、今がすごく充実しています。
きっと10年後は、40代よりも今が充実しているって言うと思うけど。
そして30代の時も20代の時も、今が1番充実していると言ってたけど。

ささやかながら、自分なりの向上心を常に持っていられること、
その向上心に従って努力するのを応援してくれるパートナーがいること、
何より、そんな自分を生んで育ててくれた親がいること、
遠くから黙って見守ってくれている親がいること、
自分でも半分忘れていた誕生日を覚えてくれていた友人、知人がいること、
全てに感謝の41年目のスタートとなりました。

誕生日ってのは、おめでとうって言ってもらう日じゃなくて、
いろんなことにありがとうとお礼を言う日なんだね。

有難う。
お陰様で楽しい人生を過ごせています。



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そばにいる人
2012年08月01日 (水) | 編集 |
昨日、ひどく落ち込むことがありました。

この1ヶ月ぐらいで少しずつ蓄積していたものが、
とあるやりとりで私の許容範囲を一気に越えてしまい、
そこで湧いてきたのは、怒りではなくどうしようもない失望感でした。

私が何かを期待しすぎているんだろうか、いたんだろうか?
自分の価値観だけで判断しているからそう思うんじゃないだろうか?
でもそれにしてもこの言動はどうなんだ?
少しはこちらの気持ちも汲み取ってくれたっていいんじゃないだろうか?
なんでそんなに自分のことばかり喋るんだろうか?

いろんな思いが体の中をめぐって、
その思いに、どんどん体力が奪われていきました。

人に対してこんなに失望するのも、珍しいことでした。

あまりにしんどかったので、ヒデに話を聞いてもらいました。
愚痴としてではありません。
私の状態を知ってもらい、ヒデの意見を聞きたかったのです。
そして、こういう状況にならない為にはどうしたらいいか、道を見つけたいと思いました。

ヒデは、
私が人に対して一生懸命になるところが長所でもあり短所でもあると言いました。
他人は結局他人なんだよ、そう割り切れれば楽なんだけどね、とも言いました。
これまでの私の傾向を分析してくれ、ヒデの視点で意見を聞かせてくれ、
そして私の考えもしっかりと聞いてくれました。

仕事が終わってお互い疲れていて、でもまだ片づけが残っていて、
そういう状況でも、ヒデは私が「話を聞いてほしい」というと、
「いいよ」と腰をすえて向き合ってくれます。
これが私にとってどれだけの救いになっているか。
ヒデがいてくれることで、どれだけ私が心身ともに助けられているか。
ヒデの存在の大きさを改めて感じ、感謝の気持ちでいっぱいになりました。

それから、
昨日はもう1人、私の心を支えてくれた人がいて、
その人は詳しい状況は何も知らないのですが、
でも、私の笑顔をいつもニコニコと願ってくれていて、
その思いが、昨日の私には沁みて沁みて。

すぐそばにいてくれる人。
離れているけどそばにいてくれる人。

確かに昨日、私は人に大きな失望を味わいましたが、
それ以上に、私を支えてくれている大きな気持ちに触れることができ、
この感謝を次に繋げることで、恩返しできるようになろう、
そんな人間になれるよう柔らかく強くなろう、
そう思ったのでした。

ありがとう。
救われました。



原発どうこう
2012年03月15日 (木) | 編集 |
3日前の記事に原発に関する私の考えをちょっと書いてから、
なんとなくモヤリンモヤリンとしていたものが、なんとなく見えてきたので文章化。

頂いたコメントのお返事にも書いたのですが、私は原発推進も反対もしていません。
理由はよく分からないから。

ただ「危険」という観点だけで考えれば、そりゃ原発はない方がいいに決まってます。
だけど、物事そこだけで考えられるほど単純じゃないですよね、今の世の中って。
前も書きましたが、今までは原発の恩恵を受けて、豊かな暮らしをしていたわけです。
その原発からの電力がなくなることで、生活がどれだけ不便になるか。
それは、去年の夏の節約っぷりを思い返せば、言うまでもないと思います。
熱中症で亡くなられた方もいましたよね、確か。
企業は企業で、相当大変だったと思いますよ。

日本の原発を全て止めるということは、こういうことがまた起こるということで。

それでも、放射能は危ない、放射能で汚染されて被爆して未来がどうこう・・・
って考えになるのは、まあ分からないでもないというか、なんですが、
じゃあ、どうするの?って、私は思ったりするんですよ。

私の可愛らしい脳みそで、原発を止めた生活をシミュレーションしてみますと、
まず、電気代が上がる。
それから、使える電気の量もかなり制限される。特に企業。
いやもうこの時点で、今の我が家の生活では勘弁してくれなんですが。
だって、ねこ村パン屋の釜は電気の釜ですからね、パン焼けなくなるかもしれない。
パン焼けなかったら、大体パン屋はパン屋じゃいられなくなりますよ。
死活問題です。死活の死って字、まさにそのまんまです。
生きた暮らしができないってことです。ひょー。

と、ここでシミュレーション終了になります。
結論として、電気代上がるのも電気使用量制限も、本気で勘弁してくださいです。
もしこれで、現実そうなったらどうしよう、と、
だから簡単に「原発はんた~い!」なんて言えないわけですよ。

原発反対言う人は、どれだけこういう事をリアルに考えてるんだろうな~って。
放射能とか放射線とか、私なんてこの区別すらついていないんですけど、不勉強で、
私が今感じている反対派の人の発言って、ただそこだけに終始していて、
未来のことを考えているようで、実はこの夏のことすら考えていないんじゃないかと、
どうしても思っちゃったりするんですよ。

原発反対派に、反対しているわけでも抵抗してるわけでもないです。
ただ、どうもみなさんに、ただ感情的なだけで理論的じゃない雰囲気を感じて。

例えば、今日見ていたニュースの中で、
震災がれき、被災がれきの受け入れについて、幾つかの自治体を取り上げていましたが、
自治体で検査して、放射線高放射能の基準値を下回ったがれきだって言ってるのに、
やめろー!市民の声を聞けー!はんたーい!はんたーい!
たくさんの人が集まってシュプレヒコールとか署名とか。
もっと市民の声を聞いてほしいと言っているおばさんもいたけれど、
あなたたちこそ、受け入れして復興の手助けをしてあげようよという市民の声を
ちゃんと聞いてるの?って思っちゃったりしたんですよね。
自分たちばっかり声を荒げて人の話聞けって言って、
実際あなたたちはどれだけちゃんと、自分たちとは違う意見の人の話を聞いてるの?と。
多分聞いちゃいないんだよね、そういう人たちって。

そういう人たちが、被災地の復興を遅らせていると、私は思う。

先日、私が所属する組合の理事会で、似たようなことがあったんですよ。
ある事柄について、1人の役員さんが、私には理解しがたい立腹の仕方をしたんです。
確かに、非常に理不尽な状況を、組合とかかわりのある企業から出されたので、
そりゃ、なんじゃこりゃ非常識も甚だしいわと、ちょっとぐらいは腹が立つかもしれない、
けど、机を叩くわ書類を叩くわ怒鳴るわなんだ、で、その人の発言している内容は、
「馬鹿にされているんだからもっと怒らなきゃダメだ!なんで怒らないんだ!」

これで30分も40分もヒートアップされて、もうみんなはヘトヘト。
それだけの時間を費やして、じゃあその役員さんから何か建設的な意見があったかというと、
ただ「ありえない!怒らなきゃダメだ!」、これだけです。
それじゃ話進まないじゃん。実際全く進まなかったし。
大変だったよ、もう

なんかね、この出来事と非常にダブるわけですよ、原発反対言う人たちには。
あと、がれき受け入れ反対言う人たちにも。
本当に、人の話に耳を傾けないし、とにかく大きな声でわめいている、そんな感じ。
ああ、ダブりすぎる・・・

ちょっと徒然なるままに書きすぎてしまいましたが、つまり何がどうかって言うと、
私は、原発は推進も反対もよく分からないからどっちとも言えなくて、と、
原発反対って言う人は、原発廃止後の経済含めた日本の行く末をちゃんと考えてるのか、と、
がれきは各自治体で協力して速やかに受け入れて、みんなで1日も早い復興を目指そう、と、
とりあえず、あれこれ言う人は、まず人の話はちゃんと聞きなさい、っていうこと、です。

いや、違うな。

言うは易しだよ、ってことだ。
がれき拒否なら、じゃあどうやればそのがれきを処理できるか、
ちゃんとそこまで考えて提案してこそ、復興の道のりになるんじゃないのかな。
ダメダメ、うちでは絶対無理、危ないから、ソッチで何とかやって、
じゃ、被災地のみならず日本は悪い方向に行くだけだと思う。
100歩譲って悪くならないとして、良くもならないと思う。

あれこれ考えて、賛成か反対かを表明するだけじゃ、前には進めないよ、きっと。
こうなってしまった以上、みんなで力あわせてナントカしなきゃいけないと思うんだよね。
「私個人が」じゃなくて「みんなが」そこから「日本が」どうすれば良くなるのか、
そこを考えて行動に移そうよ、なんてね、思うわけです。

ん~。
こういう考え方するようになったのって、
自営業やってることと、ハナの病気のことで自分なりにいっぱい勉強した経験が
反映されてるんだろうなって思う。

病気のことは、知らなければ、ただ不治の死病とだけ思って絶望したかもしれない。
素人なりにいっぱい調べて聞いてまた調べてしたから、
確かに不治の病ではあったけど、だからと言って絶望に浸ることはなかったし、
その時々でどう対応するか、しっかり考えて行動してこれたと思うし、
自営業で超微力ながらも日本の経済の渦の中にいる実感が非常にある分、
自分さえ良ければっていう考えは、この世界では全く通用しないっていうことも分かった。

放射性物質が怖い人は、放射能とか放射線とかベクレルとかシーベルトとか、
他にもいろいろあると思うけど、そういうのをちゃんと勉強すればいいんだよ。
多分そうすれば、同じ反対するにしても反対の仕方が変わってくると思うし、
そうなってやっと、ちゃんと議論もできるんじゃないかと思う。

いやあ、なんだろ、私なんでこんなに喋ってるんだろ?
よほどあの理事会のてんやわんやがトラウマとして残ってるってことなのかな?
だってホントもう嫌なんだもん、ただダメだダメだって言う人。
「じゃあどうしたいんですか?」って聞いたら
「私はとにかくコレが嫌なんですよ」っていうような答え、
え~それじゃ先に進まないじゃん、ってね、こういうの。もうホント大変だったよ。

あああ、夜更かししちゃった。
もう寝よっと。
明日も元気に働きます。


1年前から
2012年03月12日 (月) | 編集 |
1年前の昨日、東日本大震災が起きた日、
私はいつもと同じようにお店で仕事をしていて、その時間はちょうど休憩時間で、
座っていたらグラグラ揺れて、結構長く揺れて、
気になって厨房からお店に出たら、お客さんも怖い怖いと言っていて、
その後、にゃーたちが気になったので、私はうちに帰って、
地震情報を知りたくてテレビをつけたら、どこかの港が映っていて、
じわじわ津波の第一波がきて、たくさん浸水した後1度波が引いて、
そういう様子を見ながら、その間も札幌でもぐらぐら何度も揺れて、
そのうちテレビで、内陸まで押し寄せてきた津波の映像が映し出されて、
テレビに向かって、「逃げろ!逃げろ!」って叫んでも仕方ないけど叫んでいて、
身体がブルブル震えてきて、頭の中がぐるぐる回るような感じになって、
興奮した気持ちのまま、ハナを動物病院に連れて行って・・・

あの日のことを忘れることはないと思う。
阪神淡路大震災の日のことも覚えているし、アメリカ同時多発テロの日のことも覚えてる。

あの頃、プロ野球選手が、「今は野球をやっている場合じゃない」とみんな言っていて、
私はそれに腹を立てていた。
じゃあ何するんだよ、と。プロ野球選手が仕事である野球しないで、何やるの?って。
お金が必要になることは、誰にでもすぐに分かったことだと思う。
だったら、プロ野球選手は野球を通して人を集めてお金を集めればいいじゃんって。
プロ野球選手じゃなきゃそれはできないことじゃんって。
すごく納得行かなかったのを覚えてる。

私は、日常生活をきっちり送ろうと思っていた。
パン屋にできるのは、パンを売って、それで少しでも経済回すことだと思ったから。
パン屋が震災にショックを受けて「パン売るしばらく休みます」って言ったら、
パン屋にあれやこれやを卸している業者も売り上げが少し落ちるし、
その業者が受注している諸々の業者もその分少し売り上げが落ちるし、
そうやって数珠繋ぎにいろんなところに繋がっていって、
だから、うちみたいな超弱小パン屋でも、パン売るのやめちゃダメなんよ。
変わらず機能させられるところは、少しでも動かしていなきゃいけない、
そう思っていたのを覚えてる。

札幌ドームに野球を観に行って、募金箱にお金を入れた。
動物病院で、震災にあった動物を救う為の募金箱にお金を入れた。
売り上げ全額を被災地に寄付するという写真を買った。
売り上げのいくらかを義捐金にあてるというお菓子を買った。
今年の手帳は、売り上げの一部が被災地に送られるというものだった。

出来ることはなんだって言うと、私の場合こういうことになる。
こうして活字にすると、改めて本当に微力だな。

今は、自分の仕事が経済的に大変なところにいるから、
まずは自分の仕事をしっかり立て直して、
少し経済的に余裕ができたら、被災地の商店で買い物をしようと思う。
現地に行くことはできないけど、今は通販があるから。
商売をやっているからこそ、お店で買い物する意味がよく分かる。
早くそこに立てるように、うちらも頑張らないとね。

それにしても、この1年で随分『絆』という言葉が安っぽくなったなと、
これは私の印象。

それから、原発反対って言う人たちは、
とりあえず今まで原子力発電の恩恵にあずかっていたことはちゃんと覚えておいて、
原発止めると、少なくとも今よりもかなり不自由な生活を強いられることになると、
そのこともきっちり理解した上で、原発反対って言ってると思っていいのかな?
今まで当たり前に使っていた電気も制限されるかもしれないし、
電気代もきっと上がるんじゃないかと思う。
調べたわけじゃないから正確なことは知らないけど、私はそう想像してる。
そしてそれは、物に溢れて豊かと無駄の区別が付かなくなった多くの人たちにとって、
相当不便に感じて、不満に感じるところじゃないかとも想像してる。
だけど、その対価を払うことに文句はないよ、原発止めるのならと、
寧ろそれぐらいの苦労は喜んで率先してやりましょうと、
案外そういった声が私のところには聞こえてこない。

危険だ!反対!今すぐ止めろ!
分かる。
原発は事故が起こった時に大変なことになるというのは、今日本にいるから分かる。
でも、止めた先の生活があるっていうところまで、しっかり考えられてるんだろうか?
反対を叫ぶ人たちは。

私は、原発賛成も反対もよく分からないし勉強していないから、何とも言えない。
賛成反対声を上げて言うほどの、言えるだけの理解はできていないから。
そりゃ、自然エネルギーだといいよね、聞こえもいいし。

あれ、なんでこんな話になったんだ?
まあいいや。

とりあえず、
自分が理解できていないことを、感情に任せて大声上げるのはどうなん?
と思う、と、
こんな絞め方にするか。
2012年の計
2012年01月01日 (日) | 編集 |
2012年最初はいつもの3倍ぐらいの時間寝たので、
今年最初は朝昼ごはんで。

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ヒデ特製いろいろ入った具沢山カレー!!!

ヒデはひき肉が好きなので、我が家はいつもひき肉カレーです。
今回はそれに豆も入って、他にもいろいろ入って、すっごく贅沢カレー。
もちろん味は言うまでもなく美味しかったです。
明日も食べるんだ~。

さて、これも恒例系な2012年の計。

今年は、『時間を上手に使う』を1年の計に上げたいと思います。
って、こんな抽象的な目標にするからすぐに忘れちゃうんだよね。

今年は、新しいことを1つ始めることになっています。
いつから始まるかは私だけで決められないことなのですが、
今月中に始まるはずです。早く慣れていきたいです。

それもあって、上手に時間を使わないと、
やりたい事がやれないとか、寝る時間が取れないとか、そんな風になりそうなのです。

バレエは今までのように頑張りたい。
そのバレエを頑張る為に、普段のストレッチやエクササイズも欠かさずやりたい。
タップは去年よりもうちょっと頑張りたい。
今年は目標3作品、・・・できるかな、でも2作品は新しい振り付けを作りたい。作る。
そのための、時間とか。

お店のことも、もっと真剣に頑張る。頑張らなきゃね。
そのための、時間とか。

ブログやネットも、私の大切な気分転換なので、
特に猫ブログはこれまでのように更新したいし、
こっちのブログでも、本当はもっともっと考えていることを写し出したい。
そのための、時間とか。

明日から仕事モード、明後日からは仕事です。
今日は思う存分ダラダラしました。1年分ダラダラ出来た。
だから、頑張るぜっと。

今日はきっともう少し夜更かしして、
その流れで明日の予定は立てると思うので、
明日予定を立てたら、その予定に沿った行動を取っていきます。
ということを毎日繰り返せば、時間を上手に使えるようになるよね?

今年こそ、1年の目標を忘れないようにするぞ。



2011年振り返る
2011年12月31日 (土) | 編集 |
今年の年越し蕎麦。

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超ネギだく!!!
めちゃめちゃ青々とした味がしました。
ネギとかき揚げとまいたけしか見えない、蕎麦どこだ?

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あった。でもネギの海。
これで来年は風邪知らずで過ごせるのでしょう。
まあ薬味は大好きなので、ネギだく大歓迎ですが。

さて、なんとなく恒例の2011年総括。

2011年元旦に立てた2011年の計は『規則正しい生活を送る』でした。
へえ~そうだったんだ、すっかり忘れてた。

今年は、現実として捕らえることが難しいような大震災が起きて、
それで日本は大きく変わってしまいました。
この大震災をもとに2011年を総括することは、私にはとても難しいので、
とてもとても個人的なこと限定で。

今年の我が家の大きな出来事。
愛猫ハナの旅立ち。
お店存続の危機。
このふたつに集約されます。

愛猫ハナに関しては、愛猫専用ブログ『いつもそばに』に書いてある通りです。
今年の3月から5月にかけて、こちらブログのエントリーはわずか1。
その3ヶ月が、ハナの命に向き合っていた時でした。
あれから、今も、猫ブログは毎日のように更新しています。
その分こっちがすっかり疎かになっちゃった。

もっと野球観戦のこととか、フィギュアスケートのこととか、
書きたいことやネタはいくつもあるけど、このまま埋もれちゃうのかなあ。
いつか書けるかな。

ハナのことがあって、野球も、ダンスも、一時は全く気持ちが入りませんでした。
野球は結局そのまま、気持ちが乗り切らないまま終わってしまいましたが、
ダンスは、秋にライブに立つ機会を与えて頂き、
それをきっかけに、少し気持ちの上昇気流に乗せることが出来ました。
来年は、積極的に制作活動ができるよう、目標を立てようかな。

お店存続の危機。
去年も相当ヤバかったけど、今年は本当にお店を閉めることを考えました。
一時期は精神的なところでそういう状況に陥りかけましたが、
そういう理由ではなく、閉めた方が良いのではないかという話し合いをヒデとして、
結局、やれるところまでやってみようということになりました。
来年ダメなら、多分もうダメです。
だから、いろいろ頑張ります。

本当にお店を閉めようと、1度結論を出しかけたことがありました。
その時、そうすることを踏みとどまらせたのは、お客さんの存在でした。
お客さんの中には、回転間もない頃からずっと変わらず来てくださっている方もいます。
それから、1年通して毎週定期的に買いに来てくださる方もいます。
そういう、お客さんが結んでくださった縁を、自分たちの手で断ち切ることが
どうしても忍びなかったのです。それが、続けると決めた唯一の理由でした。
状況としてはやめた方がいいと思いますが、やれるだけやってみます。

今年は、本当に大変な1年でした。
でも、その中でも、嬉しいこともたくさんありました。
忘れられない1年になりました。

規則正しい生活を送った自負はこれっぽっちもありませんが、
来年に何かが繋がるような、そんな1年だったと思います。

今日、お店の大掃除を終えて、我が家もお正月休みです。
明日元旦1日だけフリータイムで、明後日2日からは仕込みや買出しなどで仕事、
3日からは通常営業開始です。
来年は、いろいろ頑張ります。
そのためにも、今はゆっくりします。

ありがとう、2011。


40
2011年12月21日 (水) | 編集 |
きらきらクリスマスツリーの下、きらきら笑顔で舞うネコちゃん。

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誕生日プレゼントに、タップ教室の生徒さんから頂きました。

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「どうも~ネコです~ハッピーバースデーで~す」

チョコレートケーキの上にのったマジパンのネコちゃんかと思ったら
食べられません、チョコレートクリームも生クリームもネコちゃんも
全部作り物。素材はなんだか分かりませんが、とっても軽いです。

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生クリームの上のサクランボの上のネコちゃん。
真ん中のネコちゃんの前にはバラのつぼみ。
かわいいかわいい。

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たくさんのリボンにくるまれたチョコレートケーキ。
ああ、でもこのチョコレートクリームと生クリーム、本当に美味しそうで。
食べたい・・・

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「イエーイ!」

今月の9日で、40才になりました。
数字的な年齢を気にすることは私にはまずないことなのですが、
さすがに40という数字には、少しの重みと責任と焦りを感じます。

重みと責任は、社会人として。
焦りは、やっぱり社会人として。

日本では成人を20才としていることを考えれば、
その倍生きた私が今こういうことを言うのは本当に情けない話なのですが、
40年生きてやっと、大人としての責任をうっすら感じています。
40才って、思っていた以上に大人感があるんだな。

実際、今は、とにかくお店を何とかすることで精一杯で、
社会的貢献が何か出来ているかっていうと、全く出来ていません。
子供がいるわけでもないし、本当に自分たちのことだけでいっぱいいっぱい。
学生の肩書きがなくなってから今までずっと、何も変わってない気もする。
20年、何も変わってないって、社会人として、大人として、どうなんだろう。

など。

思っていた以上に、30代の自分ってまだ子供だった。
たった1年分、もしかしたら1日分しか、39と40って違わないのに、
39までの自分はすごく無邪気な子供だった気がする。
大人の無邪気は、本当にタチが悪い。

これからは、少しは、社会の中の自分を意識していけたらいいなと思います。
その為にも、まずは自分の生活をしっかり立てていく必要はあって、
だから、頑張ろうと思います。頑張ります。

現実とは思えないような未曾有の大震災が日本で起こったこと、
愛猫ハナのこと、
ざっくばらんに40を人生の折り返しと見てみたこと、
今年私の周りで旅立った身近な存在のこと、
今年は、生きることについてとてもたくさん考える機会がありました。
今日も、昨日の夜からずっとペットと安楽死について思いを巡らせていました。
節目かどうかは分からないけど、私にとって今年の誕生日は
ちょっといつもと違った誕生日になりました。

40年、生きてこられたことに、心から感謝します。


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